青天の霹靂とは? [お気に入り]
突然、ホント突然やってくるのですね・・・
久々のブログ更新でいきなり
び・つ・く・り な我が家の出来事を書きます。現在進行形です。
『ごはん屋さん』 いわゆる『食堂』をする事になりました。何で?こうなったのか?
そして、私はこの度『会社の社長さん』という肩書きが背中に貼られてしまいました。
というのも、実は7月の事 主人の仕事の会社が2週間ほど世間様からお休み(法的に)を
いただきました。以前から『会社を興すは~』と、よく本気のような冗談ともつかないような
事を言っていた主人にはまるでプレゼントをもらったような2週間でした。
そして、『お金をかけて会社を起こしたのだから何か商売せなぁー』という事で
“定款”に盛り込んだ業種の中で、今一番手がつけれるものは?と検討した所
“飲食店”だった。だけどよ~それって誰がするのよぉー主人は躊躇なくお・ま・え
ってなわけで、現在内装工事中・・・どんな風になりますやらお店が出来たらUPしようーっと
秋刀魚の炭焼き [食い辛抱]
ついに。。。やっと。。。炭で焼いて食べるのずっーと夢見てた
めっちゃ小さな夢。。。だけど、美味しかったぁー
炭焼きで秋刀魚焼いて今晩の晩餐はとても美味でした。
スダチしぼって、大根おろしの大根は小ぶり大根を使用
“小ぶり大根”なんて勝手に名前つけてます。
この写真しか撮っていなくて残念だけど。。。
次は“備長炭”で焼いたお味はどうか?食してみよう
夏の思い出 [日記]



どこからともなく聞こえてくる『ドォーン ドドドォーン ドンドン』
太鼓の音につられて
みんな出てきたよ どこかで誰かが打ち上げ
花火上げてるよ
楽しかったなぁー 心ウキウキ体うずうず
半世紀近く生きてきて
子供だったあの頃の何が心にホンワカ
残っているかというと・・・やっぱ~り
“盆踊り(納涼大会)”なるものじゃないですか?
色んなお店も出てて・・・「何から食べようかなぁー」選ぶのも迷ってしまいます。
心も体も大きくなるにつれ、そんな風物詩には縁遠くなってしまいます。だけど、我が地域でも
20年ほど前2年連続で“納涼大会”を役員、班長さんがたのご尽力で催された日の事
今でも覚えています。我が家では丁度その頃、主人が「肝臓が腫れ・・・」入院中でした。
そんな中でも子供達には、夏休みの思い出を心に残してやりたくて参加しました。
←あの日の子供達(長男はあっちかな?)
そして、昨年 私は3回目の役員を引き受けました。(3回もバカっぽいですけど ^∀^;)
我が家の子供達も含め、故郷を出て色んな形で人生の山や谷、坂道、上り坂、平坦な道での
道草などなど、それぞれが生きる途上でフトッ立ち止まって故郷を思った時に
「あぁぁ~懐かしいなっ!帰ってみようかー故郷へ・・・」と、そんなホッとするあったかい街で
あったならどれほど素敵だろう?そして、そんな故郷がある子供達は何と・・・いえ、どれほど
幸せだろう~ ただただ、そんな思いで「夏祭り」(昨年8月20日)を企画したのです。
今度はみるくが脱走・・・ [愛犬]
私の留守の間の出来事。。。
お父さんと次男がみるくに振り回された
・・・らしい(^з^)ウップッ
お父さんは玄関を出ようと・・・次男は入ろうと・・・
鉢合わせ
そこへ『いつか脱走してやろう~』と、隙を窺っていたみるく
どんぐさい二人なんて・・・チョロイチョロイ
気がついたときはみるくは自宅前の道を走って行く行く・・・
お散歩コースで出会う大好きなオバちゃん家の前でUターン
その間、息子は裸足で追いかけ・・・お父さんは、Uターンして戻って来たみるくを
両手を広げて待ち構える・・・『そんなの、みるちゃんは へっちゃらよ(平気)』ってなもんで
お父さんの脇下するりとすり抜け・・・タタタタタタッー・・・と、またUターン
おっ!お隣さんのシーザー君(ワンちゃんです)を尻目に
みるくさんいきなりウンチングスタイル
そして、どんぐさい二人に取り押さえられたのであります。ヤレヤレ・・・無事で何より
そうして、今日からまた部屋から玄関に出るドアには柵が取り付けられたのであります。
『何?これ?何なの?出れないじゃない?』
『へぇー出るときはここを開けてくれるの?』
『何だか、やぁねぇー
スリルが味わえないじゃん』
あんまり好きじゃないんだ・・・シャンプー [愛犬]
【日曜日の朝の出来事】
お母さん:「ジョー君、今日久々にシャンプー
しようかぁー?」
ジョーイ:「えっ?
いいよ 僕きれいだもん 全然よごれてなんかいないし・・・」
みるく:「おかあさん・・・みるちゃんは?」
お母さん:「みるちゃんは、この前シャンプーしたでしょ」
ジョーイ:「絶対しなきゃダメ?」
お母さん:「だって、前にシャンプーしたのいつだった?ジョー君ったら何怯えてんの?(笑)」
かくしてイヤイヤ ジョーイはシャンプーされるのでした。
お母さん:「ジョー君のタテ髪できましたぁー(笑)」
ジョーイ:「お母さん僕の髪で遊ばないでよぉー」

お母さん:「お兄ちゃん、ちょっとね固まってる感じよ」
みるく:「ふぅーん みるちゃんは、すっごぉーく気持ちよかったけどなぁー」
お母さん:「ジョー君 気持ちいいでしょ? こんなに寛いで洗って
もらうの初めてだよね」
こうして久々のシャンプーで身も心もさっぱり。。。かな?
やれやれ・・・解放されて寛ぐジョーイの横にくっついて・・・
何やらヒソヒソ話し?聞こえてきます。
みるく:「何だか?お腹すいたね。お兄ちゃん。。。」
ジョーイ:「うん、そうだね」
亡き父を思う日 [日記]
父の墓参りに行ってきました。
事情で中々行けなかった場所ですが3年前からは年に一回ですが行きます。何せ遠いんです・・・我が家からは最短でも電車乗り継いで3.4時間。。。下手したら5時間ほどかかってしまいます。母が平成2年頃に自分達が亡くなった後必ずここへ・・・と、思い込んで買った場所。
お知り合いや娘のように愛している方共々に。。。その娘のように大切に思っている方に
父の納骨をお願いして、母は一度も心落ち着かせゆったりとした気分で
この場所へ立つことはなかったのだろう。
車椅子で移動できるまでに元気になった母は、今では老人ホームが心落ち着く場所と決めた。
その母には父のどんな思い出が残っているのだろうか?私にとっての父は酒癖が悪くて
母や子供に平気で手をあげるような父だったけれど、何故か今では父を許せる自分が居る。
あの頃は正直言って「親らしくない!」と怒ってる自分も居たけど、何故か私は心では父を許していたのかもしれないと思う事がある。
酒に酔って道端で寝ている父を肩に担いで帰ったのも私(小学5年)
月明かりでお酒を買いに走ったのも私(やはり小学生だった)
その頃以上に今だから、そんな父の心を少しは理解できるようになったと思う。
亡くなる数時間前に二人っきりの病室で「おまえに苦労かけたなぁー」と言った父
瞬間、走馬灯のように頭の中を駆け巡ったのは、やはり父に肩を貸している小学生の
自分の姿だった。「お父ちゃんは、そんな風に思っていてくれたんだ」と少し嬉しくもあった。
今日の私 [日記]
えっーと
今日のわたくしmasaは、何をしていたかと言いますと・・・
エッヘン えばれる事はやっておりません
この頃、実は。。。ストレス少し溜まり気味かもぉ~なんてね
今日は仕事一件かかえて。。。旅に出ます(なんじゃそりゃぁ)
おぉぉぉぉっー と、その前に行くところがあったmasaなのであぁーる
バトミントン
の練習中の事『プチッ
』と、鈍い音が・・・








